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カナダ・ランガラカレッジ現地報告

推薦入学者必読! TOEIC300点から留学に挑戦
−20年間の「これでいいや:受け身」の人生に終止符を打つ

3年 白石研さん

自分は高校、大学ともに推薦入試で入学したために、受験勉強の経験が無い。拓大英米にはこのような学生は少なくないと思う。

大学2年の夏、初めてTOEIC TESTを受験し、「300」という数字を見た瞬間、自分の実力の無さを突きつけられた。考えてみれば、これが学校外で初めて自分が評価されたテストだったのだ。

正直なところ大学入学時には、中学英語はもちろんの事、高校時に学んだ英語さえこれっぽっちも覚えていなかった。manとmenの違いさえ理解出来なかった。大学での自分の英語レベルは「底辺=ゼロ」からのスタートだった。

高校3年まで10年間野球を続けてきた。野球のこと以外は何も興味が無かった。高校卒業時の成績表は4.5となかなかだったが、ひとえに試験前の丸暗記の賜物だった。そんな自分にとって拓殖大学の指定校推薦制度は「渡りに船」だった。

大学での授業は、全てが理解できなかった。それを教授に質問する勇気さえもなかった。最初の1年間は、英米語学科で英語を勉強している意味さえ見出せなかった。

訳も分からない英語の授業を聞きに行くより、アルバイトでお金を稼ぎ、他の事に時間を費やすほうが楽しかったし、自分のためになると思い込んでいた。いくつもの授業をサボってきたし、単位も落とした。江戸川区に住んでいたので、大学まで往復2時間。学校に居ながら、教室に行かない事も多々あった。友達に会いに大学に行っていたようなものだ。

しかし、大学2年の夏に全てが変わり始めた。例のTOEIC TEST(300点)がきっかけだった。

まず、今までアルバイトで貯めてきたお金を、カナダ短期研修に投資する事に決めた。まあ、友達の多くが海外に英語を勉強しに行く流れに乗っただけではあったが。

ステイメイトのフランス人と家族の子供たち、本人右端

ステイメイトのフランス人と家族の子供たち、本人右端

4週間カナダのバンクーバーで外国人と生活をし、外国人とコミュニケーションをとった。「英語で会話をした」のではなく、「コミュニケーションをとった」というのが正しい。当時、英語なんてものは使えなかったからである。そこで初めて英語の必要性に気付き、自分の英語力の無さを痛感した。それでも、国籍も人種も違う人と何かを通じ合えた喜びは今でも一番印象深く残っている。

その研修から帰国した直後、イギリスとカナダへ7か月間の長期研修に参加していた友人らに国際電話をかけまくった。7か月の長期留学への応募方法から試験の通過まで、現地で学んでいる事、そして費用面、留学に関する事を根掘り葉掘り聞きだした。留学へのモチベーションは俄然高まった。

さっそく実家に帰り、両親に頭を下げた。どうしても、長期留学を学生のうちにしたかった。そして、それが人生で初めて両親に自分の本当にしたい事を伝えた瞬間でもあった。もちろん、相手が親とはいえ、スムーズには行かなかった。長期研修に参加する頃には3年生で、就職活動で遅れをとる事にもなるし、他にも2人兄妹が居るために費用面でも厳しかったからだ。「将来俺らを海外旅行に連れて行け」という言葉とともに両親から承諾を得た瞬間もきっと一生忘れられないだろう。

2011年8月、とうとうバンクーバーに戻ってきた。まず、最初の問題はホストファミリーと一緒に暮らす事だった。英語を本気で勉強をした事がなかったために自信が持てず、ホストファミリーに自分の要望を伝える事も出来なかった。カルチャーショックもあった。英語を通して会話をする事に異常なほど挫折感を覚え、家に帰る事に抵抗を感じ、共に食事をする事さえも不快感を覚えた。食事には会話がつきものだからだ。自分を取り巻く環境全てに愚痴を重ね、逃げようとしてきた。それまでの20年間自分がし続けてきたように。

そこにふと、疑問が頭の中に浮かんだ。「何しにここに来たんだ、今出来なければ、一生何も変わらない、変えられないじゃないか」。

その時から、日本人とつるむ事は極力さけた。むしろ、出来る限り他言語を話す友人と関わるようにした。彼らと勉強し、ほとんどの時間を過ごした。英語を使う以外ないからだ。まず逃げ道をなくすことから始めた。3カ月間、精一杯英語を使った。正直辛かった。しかし、後にこの行動による経験がどれだけ自分の成長に繋がったかは言うまでもない。

自分がバンクーバーで学んだ事、それを一言で表現するのは難しい。日本で漫然と日常を過ごしていた自分の「ちっぽけさ=人生の詰まらなさ」に向き合う。すると、世界の大きさが初めて分かる。学べることに喜びを感じる。成長する事で価値観が広がる。全てが雪だるま式に大きくなっていく。自分も世界も。

言語は自分が得た事の100%中の10%程にしか過ぎない。自分の意見を日本語でも言えない人間が、英語を使うと意見が言えるという話が存在するだろうか。一番重要なのは単語ではない。何が言いたいか、伝えたいかだ。英語はただの道具だ。しかし、もし私が日本を出なければ、その道具の重要性を知る事は出来なかっただろうし、言語を学ぶ事の楽しさにも気付く事さえ出来なかっただろう。

寝る時間を削って勉強をする事に今、充実と幸福を感じる。留学前の自分にしてみたら、全く信じられない事だ。日本から踏み出した世界への一歩が自分を変えたのだ。

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