HOME外国語学部スペイン語学科卒業後の進路

企業に就職した卒業生

1998年卒業 ニュース・ディレクター:森永慧一さん

 こんにちは。スペイン語学科を1998年に卒業した森永慧一と申します。
  私は拓殖大学在学3年生の時、大学の制度により8ヶ月間スペインのサラマンカという町に留学することができました。この留学で、他の国からの留学生やスペイン人という“日本の外にいる人たち”と関わり合うことができ、彼らの考え方や生き方に多大な影響を受けました。日本という小さな国の中に居たら一生気付かなかったかもしれない色々なことに刺激を受けました。

 拓殖大学卒業後は、「スペイン語という言語を学んだおかげで知ることのできた“外の世界”と関わりを持ち続けたい!」という一心から、外務省の在外公館派遣員に応募しました。選抜試験に合格して、中米ホンデュラスにある日本大使館で働く機会を得ました。外交官の方々の業務のサポートと便宜供与(大使館への日本人出張者のお世話などのこと)が主な仕事でした。ホンデュラスという生まれて初めての発展途上国での2年間の滞在を経て、スペインとはまた違った意味でカルチャーショックを受けました。交差点で物乞いをする人々。電気も通っていない場所が存在するということ。援助されることが当たり前になってしまった人たち。このような状況を見て、「何のために援助が存在するのか」、「なぜ先進国は援助をするのか」などの問題について本格的に研究してみたいという思いが強まりました。そこで、大使館での2年の任期終了後、イギリスのブライトンにあるサセックス大学大学院へ進学することを決意しました。専攻は国際関係でした。苦労のかいもあり、最終的に修士号を取得でき、世界の仕組みについて私なりの解釈をすることもできるようになりました。“現実”の解釈の仕方は人それぞれなので、私がどう解釈したのかはここには書きませんが。

 現在は、一人でも多くの人たちに「日本の外」で起こっている出来事を知ってもらうため、番組制作会社からの派遣という形で、NHK・BS1のワールドニュースという部署にて、海外で起こっているニュースを伝えるディレクターをしています。「どうしたら世の中を良くできるか」という問いにはまだ答えを出せません。一生出せないのかもしれません。でも、拓殖大学での経験が、目標のある人生を与えてくれたことは確かです。何かの映画で「その人間の生き方を決めるのは生まれ持った“資質”ではなくその人の“選択”にある」という言葉を耳にしました。「自分が何をしたいのか」というのを知るのは非常に難しいことです。30歳を過ぎた今でも、自分が何をしたいのかわからなくなることがあります。しかし、私は今までの自分の人生に満足しています。拓殖大学での4年間が私の人生をそれまでとは違ったものにしてくれたのは確かです。

 
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