海外で活躍した・している卒業生
2003年卒業 メキシコ日系企業通訳 周原 奈津紀 さん
私がメキシコで通訳になるまでの道のり
私は今、メキシコのアグアスカリエンテスにある日系自動車部品工場で通訳として働いています。
私がメキシコに興味を持ったのは、大学3年時に参加したメキシコへの長期留学がきっかけです。
7ヶ月間の留学でしたが、あっという間に過ぎてしまいました。
留学中に強く感じたことは、「自分から行動しなければ何も変わらない」ということです。
たとえば、困っていても、積極的に自分から人に伝えなければ、誰もわかってくれません。しかし、自分からサインをだせば、だれか助けてくれたりして、道は開けるものです。
帰国後、もっと自分のスペイン語力を磨きたい、メキシコ人と交流を深めたいという気持ちがどんどん強まり、私はメキシコで就職することに決めました。ですから、日本での就職活動は一切行わず、資金集めに必死の毎日でした。そして、卒業間近に再びメキシコに渡り、就職活動を行い、最終的に憧れだった旅行会社への就職を決めました。
しかし、人生は本当に山あり谷ありです。せっかく就職できた旅行会社でしたが、合わないところがあって、結局、転職してしまいました。しかし、次の就職先でもまた「自分のやりたいことは本当にこれなのだろうか」という自問自答を繰返す日々が続きました。悩んだ末、思い切って、2度目の転職を決めました。しかし、結局、これが正解でした。運良く、今の上司に声をかけていただき、日系自動車部品企業に就職でき、通訳として働くことができました。
通訳という仕事は責任重大ですが、やりがいがあり、とても充実しています。大好きなメキシコ人と一緒に働くことも楽しく、生きがいが感じられます。通訳で痛感したことは、相手が言わんとする内容や意図を十分理解することの大切さです。私は以前、思いこみ、推測で通訳をしてしまい、大失敗をした経験があります。自分が内容をあまり理解せず、曖昧なまま通訳すると、いろいろなトラブルのもとになってしまいます。これに対して、自分が十分理解できていることは、不思議なくらいしっかり相手に伝わるものです。工場の中、会議の中では毎日、専門的な技術用語が飛交っています。これらの技術用語は、普通の辞書には載っていません。知らない単語が出てくるたびに、自分から質問して、たとえ相手が嫌な顔しても気にせず理解できるまで説明してもらいます。それらをまとめて自分独自の単語帳を作成し、日々覚えるように努めています。その努力が実って、以前理解できなかった言葉がわかり、スラッと通訳できた時の快感はたまりません。
私は卒業してから3度も職を変わっています。転職時はいつも悩みましたが、あの時自分が行動にでていなかったら、きっと何も変わらなかったと思います。自分を変えられるのは自分自身でしかないのです。拓殖大学の長期留学でこのことを学び、その後のメキシコ生活の中でも何度も実感しました。私は今の生活を得るまで大きな遠回りをしたように見えますが、過去のそれぞれの仕事は、自分の経験として大いに役に立っています。ですから、決して、それらの選択にも後悔していません。みなさんも今は、将来について不安で、手探りの状態かもしれません。でも、ただ待っているだけでは、何も解決しません。失敗を恐れず、いろんなことに挑戦して、生きがいを見つけてください。
■写真:同僚たちと