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やっぱ、いいよな、癒し系(エッセイ)

前田知洋 さん

 (今、何時だよ・・・)
枕元の携帯を見ると、まだ早朝6時45分のちょっと手前。
前田家の朝は早い。
今日は、高尾まで通学しなくていい「花の土曜日」。
家族全員、休日なのにそろって朝食を食べる。
今日の予定が話題になる。
 「今日は勉強。スペイン語学科は課題が大変なんだよ」
9時、10時、11時・・・時間が過ぎる。
 「散歩にでも行かな〜い?」
母から声がかかる。
「ダメだよ。今忙しいから。試験終わるまで待ってて」
サラマンカから帰国した4月、僕の生活は毎日こんな感じだった。
 今は、辞書を引くこともまったく苦にならなくなった。逆にワクワクしてくる。そう、小学生の頃に夏祭りに友達と出かけ、くじを箱の中からひく、あんな感じ。文章に合った訳が見付かれば、一等が当たった気分だ。



 そんなスペイン語漬けの毎日だが、ゴールデン・ウィークに、母と田舎に遊びに行くことになった。
 「お〜〜〜〜〜」
祖母の家に着くと、居間には山のようなおもちゃ。
 「今日は、トモお兄ちゃんに遊んでもらおうか」
 「まいったな〜」
 家でゆっくりと辞書でも読もうと思っていた矢先、三歳の姪っ子「アンジュちゃん」が登場!!目がクリクリしていて、笑顔が最高に癒し系だ。

 母と祖母は車に乗り込み、家から2キロほどの「関宿城」という、大阪城よりも確実に歴史の浅いお城に一足先に行ってしまった。僕たちは後ほど、そこで合流することになっていた。

 残された2人。
 「手つなごう。お兄ちゃん」
アンジュちゃんは、僕の右手を握りたがった。子供の手を握るのは本当に久しぶりだ。昔、小学生にサッカーを教えていた頃、子供達と一緒にグラウンドを走り周っていたことを思い出した。
 土手を登らなければならず、2人で雑草を掻き分けて進む。草の高さは僕のお腹ぐらい。でも、アンジュちゃんは前を見るのも精一杯だ。
  「タンポポ発見!」
誕生日ケーキのろうそくを消すように、彼女は少し強く吹いた。
  (わ〜〜〜、最高に癒し系)
 土手の上に着くと今度は、
  「おんぶ〜」
  (姫のお言葉、さからえない)
最近は辞書より重いものを持っておらず、僕の腕は相当衰えていた。
 「お許しください、姫」
許しを請いながら、なんどか休憩。なんとか関宿城に到着した。
結局、彼女は、ほとんどおんぶされっぱなしだった。
  (ったく、最近の若いもんは〜)
これは、四半世紀生きた僕の気持ち。
 関宿城では叔父と母と祖母が待っていた。広場には、小学校高学年でも難しそうなアスレチックがそびえていた。
 「ダメだよ。これは危ないから。ダメ」
それでも、アンジュちゃんは聞かなかった。
 (まだ、3歳だろ!!)
結局、やさしいというか無責任というか、僕がそばについて挑戦させることにした。
 「ゆっくりだぞ、ゆっくり。どこに足をかけるか考えろ〜。落ちたら救急車だからな〜」彼女は、テレビを見る時よりももっと真剣な表情だった。
ふと彼女の靴の裏を見ると、なんとワンちゃんの糞が!
 (お、おい!!待て待て、こんな時に)
しかし、彼女の命にはかえられない。
1番高い所に登ると、アンジュちゃんは
 「おば〜ちゃ〜ん。ひいば〜ちゃん」
と、手を振る。今度は、下でベンチに座っていた母と祖母への癒し系サービスだ。
 
 「そろそろ、帰るわよ」
 母の声が聞こえてきた。
ミッキーマウスの人形にもすっかり馴染んでしまった、スペイン語学科3年生のおじさんは別れの言葉を探す。
 「じゃあ、おじさんはそろそろ行きますよ」
とたんに、クリクリの目から涙が溢れた。
 「わかった、わかった。帰らないよ」
僕は思わず叫んでしまった。
 「トモは保父さんになれよ。スペイン語はもういいから(笑)」
叔父が、そんなことを言い出した。
  (う〜ん。確かに僕は子供が大好きなんだよな)



  (眠い、眠すぎる)
駅まで自転車を全力でこぎ、5時53分の始発に乗り込む。
夏に近づいている東京は気温が少しずつ上がっている。額にはうっすらと汗がにじみ、毎日右のポッケトに入れているハンカチでぬぐう。
9時には、まだ、図書館には誰もいない。そこで、講読の範囲の確認を入念に行う。
  (よし、今日も気合を入れて行くぞ!!)
 サラマンカから、帰った僕の心はあのマジョール広場の空を求めていた。アンジュちゃんの笑顔とサラマンカの澄み切った青空。
  (やっぱ、いいよな、癒し系は)
曇り空の東京に戻った僕は、少しだけあの時の気持ちを取り戻していた。

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