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【海外で活躍する卒業生】青年海外協力隊体験談 ―スーダン―

掲載日:2016年05月23日

異文化の中で自分を見つめる

2008年 国際開発学部開発協力学科卒 春日 美里

スーダンって危なくないの?大丈夫?よくこんなことを言われます。

アメリカからの経済制裁、ダルフール戦争、バシール大統領の国際逮捕状など、スーダンは厳しい現状に注目されることが多い国です。
そんな国の首都から500キロほど東に位置するカッサラという街で、私は青年海外協力隊として活動しています。カッサラ州の農業省農村開発部に所属し、 職員たちと共に農村女性の生活改善・生計向上活動に努めており、2年が経とうとしています。来月には活動を終えて日本へ帰国します。

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カッサラのシンボル、タカ山

カッサラは乾燥した砂漠気候です。雨季の2~3ヶ月の間だけ流れる川があり、その川の周りはライムやグレープフルーツなどの柑橘系がよく育つ園芸地区となっています。
一番暑い時期は45℃ぐらいになり、停電も起こり、女性たちは暑くてもイスラムの教えに沿った服装で顔と手以外を全て覆って街を歩いています。
乾燥しているため日陰に入ると涼しく、男性たちは木陰で紅茶やコーヒーを飲んでいます。
国際情勢の中では厳しい立場にあるスーダンですが、人々は優しく、穏やかでのんびりとしています。
「アッサラームアライクム=あなたに平安あれ」という意味の挨拶をし、返す人は、あなたにも平安あれ、と握手をします。
家に遊びに行くと、コップ一杯の冷たい水やジュースを出してくれ、一緒にご飯を食べます。日本は素晴らしい、良い車を作る、街が綺麗だ、 すごい技術がある、そんなイメージを持っているようです。それと同時に、中国と日本の言葉が違うことや、違う国であることを知らない人もいます。
親戚なども含めた大きな意味での家族、一族をとても大事にし、結婚式や葬式は盛大に行います。10人兄弟も珍しくない中、母親の兄弟の娘の子などたくさん紹介されてわけがわからなくなりますが、家族を大事にしています。

農村開発部の事務所(センター)はカッサラの他、郊外に6箇所ほどあり、私は巡回で毎日いくつかのセンターを訪ねます。
過去にお菓子を製造、販売していたセンターでは、私の活動期間中に再開を目指して準備していましたが、 物価の高騰による原材料の値上がりのため販売利益が減ってしまい、続けることが出来ませんでした。

また、女性は商売をする習慣がないため、新しい販売店を見つけることもできないのです。
再開を目指した過程には様々な試行錯誤がありました。例えば、スーダン人は甘いものが大好きなので、新しいお菓子を紹介するためワークショップを行いました。
まずはビスケットやヨーグルトゼリー、スイートポテトなどを知ってもらおうと思ったのです。
これらはカッサラの市場で手に入り、簡単に作れるので作り方を紹介し、好評でした。
しかしこれらを作って街で売るとなると、販売利益だけでなく、 新しいものに保守的なスーダン人には受け入れられず、厳しい結果に終わったのです。

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ワークショップの様子

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ワークショップ中、職員が自ら手伝ってくれた

活動は思ったようには進みません。文化や習慣や生き方、考え方が全く違う中で生活し、私自身色んなことを考えました。
国際協力とは、援助とは、イスラムとは、女性と男性が区切られた生活、日本のこと、結婚のこと、家族のこと。
自分のことを全く知らない人々に囲まれ、一から人間關係を作り、生活する。価値観が違う人たちと共に日々を送ることは貴重な経験だったと思っています。
カッサラで二年間過ごしたことは私にとって異世界で過ごしたような日々であり、日本や先進国ではできない経験ばかりでした。
今後の自分の生活にどのような変化があるのか、例えばスーダン式が取り入れられている自分に気付く瞬間も楽しみにしています。
今後は日本で働く予定ですが、この二年間の経験を経て、自分の中で変わったもの、変わらないものを見つめていきたいと思います。
自分をみつめ、とことん考える経験は誰にとっても貴重なものになるはずです。