平成28年度 学校法人拓殖大学総長 卒業式祝辞

平成28年度 学校法人拓殖大学総長 卒業式祝辞

平成29年3月23日
学校法人拓殖大学総長 森本 敏

本学において定める所定科目の履修及び単位の修得を了し、本日、晴れの卒業式を迎えた皆さんに衷心よりお祝いを申し上げます。4年に及ぶ歳月は長くもあり、また、振り返ると入学式を迎えた日が昨日のごとくに思い出されるなど、人により本日を迎える気持ちはさまざまであろうと思います。

徳川家康の有名な遺訓の中に「人の一生は重き荷を負うて遠き道をゆくがごとし」という言葉があります。人生は誠にこの言葉通りであると思います。人によって重き荷の中身も重さも異なると思いますが、今から社会に出る皆さんは自分でまだ、荷など何一つ、背負っていないと感じてはいるのではないかと想像します。

しかし、人は希望する、しないにかかわらず、人生を経るに従って、何らかの荷を背負うことになります。外見上軽そうに見える荷でも、実は本人にとってとても重いということもある。他人には言えない荷もあれば、若い時の過ちによって生涯、背負うことになる荷があるかもしれない。

荷の中に自分にとって役に立つものが入っていることもあるが、ひたすら重い荷を背負ったまま人生を過ごさざるを得ないということだってある。かく言う私も沢山の荷を背負い、その重さに苦しみながら残るわずかな道をひたすら歩み続けているところです。

皆さんがこれから入っていく社会も残念ながら必ずしもバラ色とは言えないが、皆さんは何らかの荷を背負わされることになると思ってください。しかし、人はそれでも、その荷を背負って生きていかねばならないのです。

どのような環境に置かれても力強く生きていくためには、人生の目標を明確に持つことが重要です。場合によってはその目標を成し遂げるためには背負っている荷に入っているものが必要になるかも知れないのです。

若い時代の目標は変化していきます。皆さんも子供の頃持っていた夢と本学で学んでいる間に持つに至った目標は違った形になっているはずです。そして、今後もこの目標は自分が成長するに従って変化すると思います。

その際、大切なことは、将来、自分が何になるかではなくて、また、何者になるかではなくて、どのように生きるかであることを忘れないでいただきたい。職を変えることがあるかもしれませんが、その際、できるだけ特別の技能や資格をもって生きることのできる専門性、特殊性のある道に向かって進み、その技能で道を究め、他に頼ることなく生きて行けるような選択をおすすめします。試しに、この世で何か意味あることをしている人を想像してみてください。その人は他人と同じようなことをしているということより、その人にしかできないことをしている人であることに皆さんは気が付くはずです。そして、これは特別な世界に存在するのではなく我々の日常生活の中に存在しています。要は、それに気が付くだけの感性を持って生きているかどうかということにつきます。

社会はすごい速さで変化しています。この100年間に起こった変化はこの数年の間に起こったことに匹敵するような状態が起こっていると言われます。このことは、数年後には、50年前には想像もつかなかった世界が広がっていくということを意味します。

特に情報通信分野の変化は人間の生き方を左右するようになり、この変化は今後、もっと激しくなると思います。近代社会の変化は18世紀以降に第1次産業革命という形で始まりましたが、今や第4次産業革命の時代を迎え、人工頭脳、IOTというモノのインターネット化、ロボット化が発達し、これが社会と人間の生き方を変えつつあります。先日、文化人が集まる場でロボットとの恋愛はありうるのかという議論を行いましたが前提条件を付けつつも、肯定的な意見が多くみられました。今やロボットの人権が論じられるようになっています。代わりに人間の人権が無視されている世界も広がっています。東京オリンピックの時には、我々が想像できない社会現象や新たな技術革新の成果が出現すると思います。

しかし、生きものとして生命と感情を持つ人間の本質は何ら変わることはなく、人間が生きる環境が変わっても、人としての生き方は基本的に変わることはないのです。

皆さんが本学で学んだことの多くはその基礎であり、これを今後の研鑽や社会教育によって、どのように現実に適応させていくかは皆さん一人ひとりの才覚と知恵に委ねられています。こうした環境変化と人間の本質を考え、皆さんがこれから社会の中で、より意味のある人生を進むため、生涯にわたって心に留めていただきたい点を3つばかりお話してみたいと思います。

第1は社会にとって真に意味のある生き方を追求するということです。今日の社会は思想や哲学の衰退が激しく、人が国家観や信条や倫理観によって動くのではなく、周りの目、他人の評価、空虚な人気、表面的な唯物史観、誤った情報操作や報道によって動かされて生きている人が圧倒的に多いと思います。国家や国際社会においても米欧諸国に見られるように、自己中心主義、国益第一主義といった利己的ともいえる風潮が広がっています。これは政治指導者だけに問題があるのではなく、多くの個人がそれを求めているが故に起こっている普遍的な社会現象なのです。

かつて、我が国は明治以降、近代国家を作らんとして自らの生命を捨てて国と社会に尽くそうとした多くの先人の尊い貢献と犠牲によって今日の繁栄と安定がもたらされました。

本学建立の精神もまさにこの一点にあり、国家と社会のために海外にその身を投じる人材の育成を目標としてきました。皆さん全員にこれを求めると言っているのではありません。しかし、軽薄な利己主義だけが横行する国家・社会の中で我々は何を求めて生きるべきでしょうか。人は一人で生きているのではなく、国家と社会に守られて生きているのです。身を捨てて、社会や国家に尽くす人になれとは言いませんが、少なくともそうした生き方をしている人を正しく評価する目だけは持っていただきたい。日本社会の豊かさと平和は、自己中心主義者の集まりによって達成できているのでは決してありません。自分が正しい生き方をしていないと、他人を正しく評価する目さえ失われていく恐ろしさを我々は経験してきました。誤ったことをしても、自分をごまかして自己弁護に努め、表面上は豊かに生きている人を我々は見てきました。立派な地位にあり人の上に立つべき人が人としてあってはならない誤ちをおかしてテレビの前で謝罪する姿を我々は何度も見てきました。人の生き方とは、社会の隅にいて社会のために一隅をてらす人になることです。そのことを生涯にわたって忘れないでいただきたい。

第2は自主自立の精神を持つことです。社会に入ると多くの人に囲まれて試練を受けます。友人や仲間もできますが、敵もできます。嫌な人にも出会います。嫌な人を避けないように留意して下さい。自分にとって聞きたくない忠告をしてくれる人は皆さんにとって最も貴重な存在なのです。それを周りの人が誰もしてくれなくなった時、その人の成長は限界を迎えます。完璧な人はこの世になく、家康が残した言葉のように、重き荷を背負いて遠い道を行かねばならないのです。どうすれば人として正しく生きることができるのでしょうか。それは自らの目標を持つだけでなく、自らを厳しく戒め、両親や友人の忠告を正しく聞き、しかし、他人に依存せずに自らの道を自ら切り開きながら生きるということです。道を拓き、人を拓くことも本学の目指す開拓精神と繋がっています。本学で学んだことを思い起こしてください。困った時、人に相談することは正しいとしても、決断するのは皆さんです。その責任をとるのも皆さんです。他に依存することなく、自らの道を進むには自分に対する自信と能力がなければなりません。それを身につけること、それが皆さんの次の目標です。就職と結婚と生死を分けた決断をする時、これは決して他人を頼らず、自らで決め、自らで責任を取ること、これが自主自立の精神が持つ意味合いです。

第3に社会に生きるとき、最も大切な個人の世界観-それはバランス感覚であるということを忘れないでほしいということです。社会では極端なことを言い、他人と異なる態度を示し、他人に真似のできないことをする人をもてはやす風潮があります。このような軽薄な言動を気にする必要はありません。常識的と思われても正しいことを適切に言い、広い視点から総合的に物を考える能力を付けることが大切です。その人がいるだけで周りに安心感と安定感を覚える人。こういう人が社会の求める人材です。偏った思想や歴史観を持つことはやめて下さい。しかし、思想・信条や歴史観がない人も困りものです。バランスの取れた考え方、見方をするためには、広範な知識の前に正しい歴史観が必要です。皆さんは本学にいる間に、それを学んだはずです。しかし、時代はすすみ、社会も変化します。その中で柔軟な思考を持ち、社会に対応できる優れたバランス感覚を持つ人材、これが期待される人物像です。社会のリーダーになる人の多くはこのバランス感覚を十分、身に着けている人です。

卒業して、社会に進もうとしている皆さんにいくつか申し上げましたが、要は、厳しい社会の中で自らの目標を定め、信念をもって生きて下さいということにつきます。そして、皆さんが今日の日を迎えられたのは、間違いなく御両親の愛情と先生方の指導によるものです。そのことに深い感謝の気持ちを持ち、明日からの道に精進してください。そのことを心から期待し皆さんに対するはなむけの言葉とします。