「地の境を越えて」西郷菊次郎と隆治、隆秀 -- 拓殖大学国際交流の命脈の特別展示を開催します

掲載日:2018年11月19日

明治の元勲・西郷隆盛の子・西郷菊次郎とその子である隆治、隆秀兄弟は拓殖大学と所縁の深い人物達です。「地の境」を越えた生涯の業績を紹介する展示を、本学120周年記念事業の一環として開催します。
菊次郎と隆治に関する資料は主に隆治の孫・諌山尚子氏より本学へ寄贈されたものです。
入場は無料、ぜひご来場ください。

場 所  拓殖大学文京キャンパス E館1階

入場料  無料

期 間  2018年11月20日(火)~2019年1月31日(木)
     9時00分-17時00分

日曜日、年末年始(2018年12月25日~2019年1月6日)と成人の日(2019年1月14日)およびセンター試験期間(2019年1月19日・20日)はお休み致します。

西郷菊次郎(1861-1928)

愛加那を母として奄美大島で出生。9歳のとき鹿児島の西郷本家に引き取られました。農業技術習得のため13歳で渡米。1877年西南戦争に従軍(17歳)、片足を失いました。1884年外務省に入り米国再留学。1895年領有草創期の台湾に渡り、1897年から宜蘭庁長。のち1904年より京都市長二期。1910年東洋協会(拓殖大学の経営母体)評議員となりました。1912年島津家の山野鉱業館館長就任。(NHK大河ドラマ「西郷どん」では、西田敏行が演じています)

西郷隆治(1899-1977)

1920年4月拓殖大学入学。父・菊次郎の命により1921年9月退学して農事研究のためブラジルに渡りました。サンパウロを中心に日本人移住者子弟の柔道教育にも貢献しました。帰国後は、終戦の年まで母校県立二中(現甲南高校)で武道教師を務めた。「体格雄偉で眉が濃く太く、眼裂の大きい目はけいけいとしてかがやきが強く」城山町にある西郷隆盛像のモデルではなかったかと、作家海音寺潮五郎は述べています。

西郷隆秀(1907-1985)

1925年4月拓殖大学入学、1931年3月卒業。1954年から拓殖大学評議員。1955年3月から1964年6月まで拓殖大学理事長を三期務めました。理事長推薦の辞に「春秋に富み、学内においても信望厚く、且つ学外一般に対して顔も広く、将来本学の発展に尽力して頂くのに最適の人物」とあります。矢部貞治総長との二人三脚で戦後の学園復興を進めました。八王子国際キャンパスに「西郷隆秀先生顕彰碑」が立っています。