平成29年度 学校法人拓殖大学総長 卒業式祝辞

平成30年3月23日
学校法人拓殖大学総長 森本 敏

本学において所定課目の履修と単位の取得を了し、本日、晴れの卒業式を迎えるに至った皆さんに衷心より祝意を申し上げます。皆さんは明日以降、それぞれの新しい道を歩み始め、多くの方は実社会に入り、社会人として活躍の場に参入することになると思います。皆さんは、今、わずかな不安とわくわくする期待感と、そして自分の将来への夢が入り混じった心境にあるものと推察します。皆さんには本学で学んだ知見・知識や実技・経験を十分に活かし、皆さんを迎えてくれる社会の期待に応え立派な社会人として成功されることを、心から祈念するところです。そこで、本学を卒業して社会に向けて飛び立つに当たり、 社会に入っていくとは何を意味するのか、これからの人生を如何に生きていくべきかについて所見の一端を申しのべて見たいと思います。

先ほど、私は皆さんに立派な社会人として成功していただきたいと申し述べました。立派な社会人とは一体何のことでしょうか。それは人生のあるべき目標に正面から向き合って、人間としてどのように生きていくべきかを常に考えつつ、自らに課せられた課題と役割を果たすことに全身全霊をかけ、社会人としての役割を果たし得る人のことをいいます。その際、社会の中で何者になり、如何なる地位を得て、如何に豊かになるかではなく、人としてどのように生きるかということを真摯に追い求め、誠実で真の心をもって人生を送ることができる人のことを言うのであろうと思います。自らには厳しく、その一方で、家族に対しては勿論のこと社会でかかわりのあるすべての人に対して深い愛情と誠意と寛容の心をもって接することのできる人という意味でもあります。 一方、今日の社会は皆さんが考えている以上に厳しい環境変化の中にあり、この状況が続けば、皆さんは将来、いろいろな場において過酷な試練に直面することになると思います。我々が生きている世界では、すでに、第四次産業革命が進み、環境は急速に変化し、我々が予想だにしなかったことが身の回りに起こるという社会が出現しています。日本という国家をみても今後、さらに人口が減少し、高齢化が進み、格差も広がり、情報化やソーシャルネットワーク化やIOTや人工知能が進展し、あらゆる職場が自動化し、情報ネットワーク化し、その中で多くの外国人が日本社会に参入するといった我々の社会や生活様式を急速に変化させる現象が起こると思います。よく言われるように2030年頃には今日、我々が目にする職業の半数近くが社会から姿を消すか、あるいはロボット、人工知能や外国人労働者にその職を奪われることになると言われます。その中で生き残っていく職業の多くは、一般的な意味において、特殊な技術・特技・技能をもって社会を動かすために不可欠な仕事であるといった可能性が大きいと思います。つまり、AI、ロボットやその他の誰にもまねができず、皆さんのみが持つ、特別な感性や価値観を追い求めながら仕事の中身を広げていくことのできる仕事も含まれると思います。自らの道を切り開く試練を乗り越えて周囲に感化を与えつつ、独自の生き方と生きがいを見出し得る道のことを意味します。米国では大学卒業生の4割近くが企業には就職せず、自分で起業する道を選択すると言われています。その多くが特殊な分野で自分の可能性を見出そうとする道を切り開こうとする若者であるとも言われます。しかし、それでも社会が人間から成り立っているかぎり、最後に人間が求める姿は生き物としての人間の有り方であることに変わりはありません。 このような環境変化の中で意味のある人生を生き抜くために我々が心すべきこととは何でしょうか。 第一は、自分の価値観や歴史観をしっかりと持つということです。歴史観については本学在学中にかなり訓育も受け、知識も積みあげたと思います。他方、価値観とは教育によってすべてが形成されるものではなく、皆さんの一人一人が本学で学ぶ間に自ら認識し、それを更に洗練したものにする努力の中から生まれてきます。正しい自己主張を行い、他に妥協を迫られることなく自らの信じる人生観を貫くことも可能となります。その際、他人の権力や地位におもねることなく、不正は断固としてこれを排除することです。最近、社会で見る不正事案の多くは法の決まりと正義に反する行為です。あるいは、それを不正だと知りつつ、それを指摘すると周りから疎外されるのが怖いという感情に基づいて、これを黙認した人間の所業です。正しいと信じることを行うということは、同時に他人の不正も見逃さないという勇気を持つことを意味します。それを自らが持つことにより、社会の中で自分の存在感を示し、時にはリーダーシップを発揮する機会をつかむことができます。社会の中には時にして、人間の欲や悪意が渦巻いている環境が存在します。しかし、社会に身を置くとすべての人が自分の敵であったり、全ての人が味方であったりすることはおよそなく、性格や価値観が合わない人に必ず出会います。学生時代は嫌な人を避けて過ごすことができましたが、実社会では、それが許されない場合もあります。その場合、嫌な人を避けるのではなく、嫌な人にはできるかぎり近づいて自分に対する批判の言葉を受け止める勇気が必要です。自分の価値観や個性をしっかり身に着けるということは即ち、他人の価値観や個性を理解し、受け入れ、他人に優れた面があれば、自分のものとするよう努力を行うということをも意味します。この気持ちを生涯にわたって忘れないでいただきたい。

第二は、いかなる目標を持って自分の人生を生き抜いていくかについて、自分らしい方向をしっかりと見定めることです。皆さんはまず、自分の決めた社会人としての道をまっしぐらに進んでください。自分に与えられた役割をきちっと果たせるよう全身全霊で努力してください。もし、仮に何かの事情があって、将来、再び新しい道を選択する機会に直面した場合には、一つの選択肢にすぎませんが、専門性のある分野の知識と能力を備え、ある道に自分の人生をかけるような生き方をしてみることも考えてください。人生は長く皆さんは若く、自分に明確な問題意識と強い決意があれば、そうした機会に恵まれると思います。人生の目標は山の頂上のごとくあるとしても、そこに至る登山口、登山道はいくつもあるのが通常です。しかも、職業や人生の目標は一つではなく、恒久性もないと思います。初心忘れるべからずという考えを私は取りません。可能性があると思えばいつでも道を変更しても良いのですが、ただ、心してほしいのは如何なる仕事でも最初の3年は全力投球し、途中で断念しないということです。自分の仕事が厳しく、周りとうまくいかないから道を変えるというのは現実社会から逃避しているだけのことです。不合理なことに出会っても単純に批判せず、まず、従ってみるとなぜ不合理がまかり通っているか分かるときが来ます。それでもなお、不合理を是正することが正義であると確信するなら、自ら行動することです。いかなる場合でも他人を頼らず、自立の精神をもって自分の道を切り開き、勇気をもって自らの人生に真摯に向き合って下さい。

第三は、最後に、申し上げたいことですが、如何なる環境の中に置かれても、物事の本質をつかみ、客観性のある、かつ、バランス感覚のある柔軟な思考に基づいて対処することです。そして何が正しいのか、何が正しくないのかを知ったうえで、社会性と協調性の豊かな感性を持って、自分に与えられた役割と任務に専念することです。その際、他人とうまくやっていくように努めることと、他に妥協することは異なる次元の問題です。社会は生身の人間で構成されています。他人の苦しみを知り、他人の痛みを共有するためには、個人の勇断が必要になることもありますが、社会とは人間の総合作用で構成されているのであり、社会の全体を見て自分の立ち位置を考慮して振舞い方を決めて行くという配慮は社会の構成要員である個人の責任です。この精神を忘れることなく生きていくと皆さんは自分の気が付かない間に社会や国にとって重要な貢献することができるようになります。「汝らは地の塩なり」という言葉が新訳聖書マタイ福音書5章にありますが、正しいと信じることには少数になっても自らの信念に生きることが重要であり、かかる信念のもとに自らの役割を静かに淡々とこなしうる有為な人材となること、これは本学の精神につながるものでもあります。同時に、今日のグローバルな社会では地域や周辺に対する貢献がグローバルな意味合いを持つようになっています。皆さん一人一人がこうした精神構造で生きていくことが結局、本学のステータスと評価を髙らしめることになると信じます。自分に与えられた役割に全ての努力を傾注すること。それが到底できそうにないと自覚した場合に限り、自分の進むべき道を考え直すことが許されると思います。人の一生とは自ら学び、人を導き、それでも解決できない問題に死の寸前まで立ち向かう時間の連続です。皆さんにとって学生としての学校教育は本日で概ね終わりました。しかし、明日から人間としての社会教育が始まります。その中で、どれだけ多くのことを学ぶかが人の一生を決めて行きます。我々が生きている社会で、結果として、成功した多くの人の例を良く見ると、そこには他人には分からない、独自の道を選択する苦心と努力の積み重ねがあるということも改めて認識すべきです。

以上、皆さんが社会の一員として組織や地域に貢献するに必要な資質と心構えについてお話しました。要するにそれは正しく人間らしい生き方を貫き通し、社会の一隅を照らす人になっていただきたいということに尽きます。そして今日までの皆さんがあるのはご両親の深い愛情と支えがあってのことであり、改めてご両親に感謝の心を表していただきたい。これから社会の門をくぐる皆さんのご健闘を心から念願して止みません。