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人文科学研究所

概要

人文科学研究所は、人文科学に関してその学術の蘊奥を極めることを目的に、次の事業を行っています。

 

人文科学に関する調査研究
人文科学に関する刊行物の発行
人文科学に関する研究会、講演会、シンポジウム、公開講座等の開催
その他、研究所の目的を達成するために必要な事業

当研究所は、学部専門科目分野以外の学部共通分野に対応する研究所として、学部横断的に設置されています。そのため全学部から集まった研究員は、幅広い専門的研究者の共同体を構成し、各自その役割を担っています。

恒例となっている公開講座(講演会)は、本学の研究員および企業や学会、他大学など外部から講師をお招きし、様々な分野から二本立てで行っており、毎回、好評を博しています。

研究所の研究活動としては、研究助成、紀要の発行、公開講座等の諸事業を実施していますが、学内外の研究者が討論する場を確保するため、新たに公開研究会の開催を検討しています。

今後は、公開研究会を共同研究と関連させ、発展させていきたいと考えています。また、学生支援としては、毎年「奨学論文」を募集し、学生諸君の人文科学に対する知見を深める機会を作っています。

 

所長挨拶

下條 正男 (国際学部教授)

人文科学研究所は、1997年に開設されました。本学の人文科学研究の歴史は古く、校歌の冒頭にも「右手に文化の炬をかゝげ」と謳われているように、建学の精神の一部でもありました。校歌は1920年、開校20周年を記念して作られ、「右手に文化の炬をかゝげ」の後には「闇は消えよ」、「人は醒めよ」と続いて、時代を切り拓く開拓者の意気込みが謳われています。

二番では「拓かでやまじ我が行手」とその決意のほどが語られ、三番では「使命は崇し青年の力あふるゝ海の外」と、新興アジアの建設者を自負する気概が示されています。

当時、本学にはその精神を具現する研究機関として、終戦まで続く東洋協会学術調査部があり、東洋学の専門雑誌としては我国最初となる『東洋学報』を刊行していました。本学は1900年、台湾協会学校として発足しますが、1907年には東洋協会専門学校と改称されました。

この時、理事の平田東助が桂太郎会頭に諮り、白鳥庫吉等の「亜細亜学会」を本学に招いて設置したのが東洋協会学術調査部です。その後、白鳥庫吉等は、南満州鉄道株式会社総裁の後藤新平に招かれますが、やがて満鉄の歴史地理調査部も廃止されてしまいます。

東洋協会が目的とした「彼我の事情を疎通して相互福利の増進」を図るといった時代精神は、次第に少数派となっていきます。その後の日本の蹉跌も、この辺りとは無縁ではないようです。地歴研究を欠いたことで彼我の区別ができず、次第に慢心していくことになったからです。

戦前、本学には1907年に開設した東洋協会学術調査部の伝統があり、時代の要請を受けて調査研究を続けてきました。その90周年目に開設された本研究所としては、改めて建学の原点に立ち戻り、人文科学研究の火を点すことに努めたいと思います。

 

出版物

紀要 『人文・自然・人間科学研究』

 

奨学論文・作品

奨学論文入選作品集

 

ご質問などがございましたら、kenkyu@ofc.takushoku-u.ac.jp宛に電子メールでご連絡いただけますようお願い申しあげます。

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