講座「産業と人間」が目指すもの

同講座を導入した1968(昭和43)年当時は社会全般がカオス(混沌)状態にあり、多くの大学では学生運動の嵐が吹き荒れる一方、何事にも興味を示さない無気力な学生も少なくない時代でした。そのような時代にあって、教育への情熱が人一倍高かった中曾根総長は、次世代を担う若者たちがこのままの状態で良いのだろうか、若者たちにはもっと建設的に次の時代を考えてほしいという思いが強かったため、社会を知る、人生を知る機会をつくりたかったのだと感じています。

講座「産業と人間」の目的は、学問的な講義を聴くことによって学生の実践的な知識やスキルを向上させることではなく、さまざまな人生経験を反映した話を聴くことによって、空論ではない人間としての生き方や生き様、それを支える価値観を学ぶことに置いています。失敗談を通して問題の乗り越え方を学んだり、成功談を通して将来の見通し方を学んだりすることができる講座にしたいと考えています。多様性を重視する社会にあって、学生自身が自分の立ち位置を探したり、どのように生きていこうかと悩んだりしたときに役立つヒントを与えることのできる講座であり続けたいと思っています。

常務理事 小倉 克彦

常務理事 小倉 克彦
平成10年学務部長、平成15年事務局長・理事、平成24年常務理事(現在に至る)。学務部長に就任してから現在まで長きにわたり、講座「産業と人間」の講師のコーディネートに携わっています。

講義録の抜粋

講演日:2008年5月1日 / 演 題 世界地図で世界を見る

池上 彰 氏

講師
池上 彰 氏
フリージャーナリスト

今日は、イギリス、フランス、イラン、ヨルダン、台湾、中華人民共和国(中国)、ロシア、韓国、北朝鮮、アメリカ、オーストラリアの世界地図を見ながら、各国の歴史、言語・文化、領土・安全保障問題、国際情勢などに関わる解説をしていきます。

日本の世界地図は真ん中が日本ですが、イギリスではヨーロッパが真ん中で、日本は東の外れになります。日本周辺を極東というのはそのためです。台湾の地図では台湾を中華民国としていますが、中国では台湾島としています。中国は、中華民国は存在していないという立場だからです。同様にイランの地図にイスラエルという国は存在せず、そのあたりをパレスチンとしています。日本の北方領土は、中国では日本、ロシアではロシアの色になっています。中国はロシアの前身のソ連と安全保障上の問題から対立関係にあったからです。フランスの世界地図は色彩感覚にあふれています。

最後にお見せする地図が、宇宙から撮影した地球の写真を合成して作ったものです。国境はありませんし、緑と砂漠に分かれていることが分かります。日本列島は緑で覆われていることを、時々思い出してもらえたらと思います。

講演日:2017年7月12日 / 演 題 企業の存在意義

大川 順子 氏

講師
大川 順子 氏
日本航空株式会社 代表取締役専務執行役員 コミュニケーション本部長

企業の存在意義の一つは、事業そのものです。日本航空であれば、お客さまをお運びし、物資を輸送することです。しかし、輸送とは単純な移動ではなく、安全、定時、快適、便利であることが、お客さまから日本航空が選択される要件であり、全社員が知恵を出し、訓練を受け、これらの実現を目指しています。

また、企業の存在意義は、担っている社会的責任にもあります。日本航空では環境問題への取り組みとして、永年大気観測を行い、燃料消費量を減らす操縦方法の工夫も行っています。社会活動では、被災地への迅速な救援物資の輸送や復興支援、地域活性化のお手伝いにも力を入れています。また、適切なガバナンスにより透明性の高い経営を目指し、社外取締役の比率を高めたり、投資家との対話を推進しています。ダイバーシティ、働き方、社員の健康など、「人」と「心」を大切にする姿勢も企業として忘れてはならないことです。

企業は時代に挑戦し続け、その挑戦に限界はありません。皆さんにも拓殖大学の建学の理念にあるように、国家や世界に役立つ「人」への成長に果敢に挑戦し続けることを願っています。

講演日:2000年9月28日 / 演 題 オトナの条件

大宅 映子 氏

講師
大宅 映子 氏
評論家

私は、PR会社、専業主婦、会社経営、ジャーナリスト、政府の審議会委員を経験する中で、不祥事を起こした会社の社長の無責任さなど、社会は本当にこれで良いのかと憤りを感じることに多く遭遇してきました。官任せ的な国民体質、官のことなかれ主義、規制がもたらす既得権益を守ろうとする体質、税金の無駄使いなどもあります。皆さんにはそんなオトナにはなってほしくありませんから、私が考える「オトナの条件」についてお話をします。

その一つが、自立です。自立とは、自分で考えて、判断をして、選択をすることです。人は一人ひとり個性があるわけですから、自分は何をしたのか、自分を知ることが自立への近道になります。二つ目が、自己主張です。しかも、主張がいろいろな意味に受け止められるようではいけません。言葉を濁したり、曖昧な表現にしたりしないことが大切です。三つ目が、自己責任です。困ったことが起こったときに、官に頼るのではなく、自らの責任のもとで解決策を思考し実行することです。

社会が豊かになり、我慢や切磋琢磨ができない時代になりました。新しい未来をつくる覚悟を持って人生を歩んでほしいと願っています。

講演日:1998年11月12日 / 演 題 日本よのびやかなれ

櫻井 よしこ 氏

講師
櫻井 よしこ 氏
ジャーナリスト

日本は、企業が本当の競争力を発揮できない仕組みといえる「経済規制」がとても強い傾向にあります。その代表例が、金融界における郵政三事業の保護的な仕組みによる、民間銀行業などの圧迫です。郵便貯金は国の特別会計となる財政投融資に利用され、代表的な貸付先は住宅都市整備公団になりますが、同公団は経営状況が悪く、財政投融資で借りた元金も利子も払えず、利子補てんとして毎年一千五百億円が私たちの所得税や消費税からなる国家予算から捻出されています。しかも、特殊法人のため税金は免除されますし、財政投融資を管理する大蔵省と同公団から経営などに関わる情報は公開されません。これでは、金融市場において適切な競争原理は働きませんし、同公団の自主的な経営判断を促す環境にあるとも言えません。

競争原理が働かない、みんなで責任を持つという実は誰も責任をとらない「経済規制」を私たちは軌道修正させなければならない歴史的転換点に立っています。およそ一万一千件に及ぶ規制の一つひとつを点検し、前向きではない規制に対してはしっかりと意見を言うことで、日本をもっとのびやかにしていければと思っています。

講演日:2017年4月19日 / 演 題 東日本大震災の教訓と被災地から見えてきた災害復興のあり方

野田 武則 氏

講師
野田 武則 氏
岩手県釜石市長

東日本大震災から6年が経過し、7年目に入りました。拓殖大学の皆さんには、復興ボランティア活動に参加いただいたことに厚く御礼申し上げると共に、今日は被災映像を交えながら釜石市の復興のあり様などについてお話いたします。

復興まちづくり計画では、当初3年間を応急対応、次の3年間を将来に向けた挑戦、次の4年間を新たな自立した地域づくりとし、被災者支援として仮設住宅を建設したほか、その後の住まいとなる復興住宅の建設にも着手しています。自立に向けた取り組みの象徴ともなるように、ラグビーワールドカップ2019TMの開催地として名乗りを挙げ、開催地に選定されたり、花巻市、大船渡市、宮古市などをつなぐ道路も同大会に合わせた整備が進んでいます。また、「三陸連携会議」を持ち、各市町村が連携して復興を目指す取り組みも進んでいます。

復興にあたって最も大切なことは、被災者一人ひとりの内面に目を向けることです。震災は生きるとはどういうことなのかについて考えさせる機会をもたらし、心に傷を負う方が少なくないからです。多くの住民が希望を持てる釜石市となるように、これからも復興に取り組んでいきます。

講演日:2014年6月5日 / 演 題 相撲と我が人生

白鵬 翔 氏

講師
白鵬 翔 氏
大相撲力士(第69代横綱)

日本に来たのは日本という国を見たかったからで、力士を目指すためではありませんでした。そんな中、モンゴル出身の力士が活躍している姿を見て、相撲に興味を持ちました。実は帰国する前日に今の親方から電話があり、相撲部屋に入ることが決まったぐらい、人生が急に動き出しました。
入門当初、相撲部屋で先輩力士に稽古をつけてもらうと、まったく歯が立たず、これは来る場所を間違えたかなと思うこともありました。当時は、体重がわずか62キログラムでしたから。
スポーツ界で「心技体」が大切だと言われますが、私は心が8割で、技は2割、体は常識だと思っています。もう一つ私が最近よく使っている言葉が「夢心運」です。豊かな心で一生懸命に頑張って、運をつかめば、夢は叶うという意味です。私は力士ですから、勝つことも負けることもあります。叶わなかった夢もあります。しかし、夢を持ち続けることと多くの夢を持つことは大切だと思っています。
本場所中に精神的につらくなることも少なくありませんが、自分に勝たなければと奮起し、いつも乗り越えています。皆さんも、基本を大事にして、勉強に、スポーツに励んでほしいと思います。

講演日:2012年6月21日 / 演 題 どうなる日本の政治

橋本 五郎 氏

講師
橋本 五郎 氏
読売新聞特別編集委員

何が問題なのかを考える時、物事の基本に立ち返ることが大切です。今、大きな争点になっている消費税率の引き上げ問題であれば、各政党が景気への影響、膨らむ社会保障費などの財源問題、選挙との兼ね合いについてどのように考えているのかを検証することが基本になります。社会保障制度はこのままでは立ち行かくなりますが、この時点での増税は適切か、予算削減といった身を切る改革が先なのではないか、増税反対を選挙の材料にしているだけではないのか、それぞれの点から政治を見つめる必要があります。

また、政治は約束を守るべきであるという原則があり、それをまとめたものがマニフェスト(政権公約)になります。ただ難しいのは、たとえ約束した政策であっても、本当にそれが妥当なのかどうかの見極めです。マニフェストは絶対的なものではなく、問題は一体何を目的にしている政策なのかであり、それが実現できないのであれば、政治はその理由を国民に説明しなければなりません。

今、政治は混迷していると感じています。皆さん自身も、妥当な政策は何か、政治は正しく機能しているのか、ぜひ考えてほしいと思います。

講演日:2018年4月18日 / 演 題 地方創生を考える ~人口減少を乗り越えて~

増田 寛也 氏

講師
増田 寛也 氏
野村総合研究所顧問
日本創生会議座長

日本の人口は2010年からの50年間で、4000万人超が減少すると推計されています。人口減少は、労働力不足による生産縮小や税収減少による行政活動の縮小といった縮小化社会をもたらしますが、縮小化社会の労働力不足を補う解は四つあり、生産性の向上、女性、男女シニア、外国人の労働参加促進になります。

これら四つの解は、東京を含めた地方創生とも深くつながっています。地方創生における課題は、働き方改革をはじめ、結婚・出産・子育て支援、まちづくり、東京一極集中の是正、移民や事実婚への対応、イノベーションにまとめることができ、いずれも地域経済の持続的発展や効率のよい地域経済の実現が基本的な命題になっているからです。

まちづくりを検討する上では、コンパクトシティといった概念をはじめ、空き家の生かし方、外国人を含めた地域市民の暮らしやすさなどをテーマにして、長期的かつ総合的な視点を持つことが重要になります。また、新しい仕組みを生み出すことに気後れしないことも重要です。学生の皆さんには自らのアイデアが生かされるワクワク感を持って次代を切り拓いてほしいと願っています。

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